体育史専門分科会・会報 No. 183 / 2007. 3. 22

Ⅰ. 2006 年度 秋の定例研究集会について

2006 年度秋の定例研究集会は平成 18 年 8 月 17 日弘前学院大学において、棟方達也会員(弘前学院大学)のお世話で開催され、高津勝会員の研究発表(「玉江浦の和船競漕「おしくらごう」の社会史的考察」)が行われました。高津勝会員の発表に対する大熊廣明会員のコメントを別紙に掲載いたします。

Ⅱ.2007 年度 春の定例研究集会について

2007 年度春の定例研究集会は、下記のとおり 5 月 19 日(土)および 20 日(日)の両日、筑波大学春日キャンパス(つくばエクスプレス「つくば駅」下車徒歩 7 分)において開催することになりました。発表を希望される会員は、 4 月 10 日(火)までに抄録を大熊廣明会員のメールアドレス( ohkuma@taiiku.tsukuba.ac.jp) にお送りください。
なお、発表抄録は A4 サイズ、 40 字× 40 行× 2 頁以内で作成してください。
(プログラムや会場までのアクセスについては、次号の会報でお知らせいたします。)

Ⅲ.編集委員会報告

『体育史研究』第 24 号へは、審査の結果、原著論文 2 篇、研究資料 4 篇が掲載可となりました。これに日本体育学会第 57 回大会のシンポジウム報告および書評を加えて発行の予定です。
なお、『体育史研究』への投稿は随時受け付けております。詳細については『体育史研究』第 20 号以降に掲載されている投稿規程をご覧ください。 

Ⅳ.世話人会報告

1、春の定例研究集会について
春の定例研究集会は 5 月 19 日(土)、 20 日(日)に開催することになりました。会場としては、まず筑波大学の東京キャンパス、次に春日キャンパスを検討し、これら両キャンパスでの開催が不可能な場合は、関東地区でほかの会場をさがすことになりました(会場は上記の通り、筑波大学春日キャンパスに決定いたしました)。

2、日本体育学会第 58 回大会におけるシンポジウムおよびキーノートレクチャーについて
日本体育学会第 58 回大会( 9 月 5 日‐ 7 日、神戸大学)における体育史専門分科会のシンポジウムとキーノートレクチャーについて検討しました。その結果、シンポジウムについては行うこととし、楠戸一彦会員と真田久会員で具体的な内容・演者を検討することになりました。また、キーノートレクチャーは大久保英哲会員にお願いすることになりました。

3、役員選挙について
現役員の任期は春の定例研究集会時の総会までとなっているため、郵送による役員選挙を実施することとし、選挙管理委員に掛水通子会員(委員長)と高津勝会員を選出しました。

Ⅴ.選挙管理委員会より

役員選挙に関する書類を同封しました。投票用紙は 4 月 12 日必着でお送りくださるようお願いいたします。

Ⅵ.学会情報

1、 2007 年 ISHPES コペンハーゲン大会
会 期: 2007 年 7 月 31 日~ 8 月 5 日
開催地:コペンハーゲン大学
テーマ: Sport in a Global World-Past, Present and Future
詳 細: http://www.ifi.ku.dk/ifi/side1931.asp
問合せ:池田恵子会員(山口大学) Tel:083-933-5381

2、東北アジア体育・スポーツ史学会
会 期: 2007 年 8 月 21 日~ 8 月 24 日
開催地:忠南大学校(韓国大田市)
テーマ:スポーツの伝統、近代、グローバリゼーション
詳 細: http://www.kshpesd.org
問合せ:大熊廣明会員(筑波大学) Tel:029-853-6350

Ⅶ.会員動向

1、入会
岸田眞弓(聖徳大学短期大学部)、近藤 剛(筑波大学)、中村哲也(一橋大学)、藤田直人(法政大学)、水野正行(大阪城南女子短期大学)、林 勝龍(筑波大学)

2、退会
入江克己、松下唯夫、松本純子、三澤光男、能勢修一(死亡)、古園井昌喜(死亡)

Ⅶ、訃報

下記の会員は逝去されました。ここに謹んでご冥福をお祈りいたします。
能勢 修一会員
古園井昌喜会員

(同送書類)
「和船競漕の社会史的考察‐玉江浦の『おしくらごう』‐」(高津 勝・一橋大学)を聞いて

大熊廣明(筑波大学)

高津氏の発表は、山口県玉江浦で行われる和船競漕「おしくらごう」の歴史的、社会的意味を考察したものであった。氏はそれをこの地域の祭礼、産業形態、社会組織などとの関係性の中で読み解こうとした。研究の問題意識は次のようなものであった。

1)柳田國男は「我国在来の運動競技は、殆ど其全部が此種祭の日の催しに始まって居る」(日本の祭)と言っている。日本の競技文化史を総体的に明らかにするには、民俗競技の考察が不可欠である。2)民俗的な身体競技は、その担い手である民衆の主体的な営みを基軸に分析・記述されるべきだ。その際、社会の支配構造や権力関係を視野に入れる必要がある。3)民俗的競技を歴史的に再構成する際には、個別・具体的な検証を介してリアルな認識を得ることが必要である。

氏は分析の結果、競技形態の違い等から「おしくらごう」を次のように時期区分した。1)天明末~完成期:河口での船競漕 2)嘉永期:河から海へ向かっての競漕 3)明治中・後期:沖合から港口へ向かっての競漕 4)大正中期:港口→沖合→港口という往復の競漕 5)大正末~昭和初期:競漕の制度化・伝統化

氏はさらに、玉江浦の漁業組織、出漁船数、出漁海域、漁獲高等々の分析から、上記の時期区分は沿岸漁業、遠海漁業、遠洋漁業などの漁業形態の変化にほぼ一致すること、また「おしくらごう」は萩中学のボート部に影響を及ぼし、そのボート部から逆に影響されて競漕形態を変化させたこと、などを明らかにした。その手法は見事と言うほかはなく、「おしくらごう」はまさに高津氏のこの研究によって「玉江浦の」民俗競技になった、と言って過言ではない。

ただ、高津氏は発表の中で、競漕に伴う酩酊、狂気などが既存の支配秩序を攪乱させ、日常的な世界を一新する機能を持っていたことを強調されたが、その一方で、青年宿を単位とする競漕の選手選出は、後継者としての模範青年を育成し、選出する機能も果たしていた。矛盾するように聞こえるこれら二つのことがらは、「おしくらごう」をとおしてどのように結びついているのだろうか、この種の知識に乏しい小生にとっては十分には理解できないところであった。いつか改めてお教えいただきたいと思った次第である。

なお、今回の氏の発表は配布資料にも記されていたように、「和船競漕の社会史‐玉江浦の『おしくらごう』‐」(一橋大学研究年報 社会学研究 44 , 99 ‐ 230 , 2006.3 )を基にして行われた。ひとつの民俗競技についてその変容を詳細に明らかにし、それを地域の主要産業や社会的組織の変化に関連付けて考察した研究は、管見の限りこれまでなかったように思う。その意味で、この文献は今後この種の研究をする者にとって必読の文献となるに違いない。